お茶

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《飲茶の殿堂・茗圃》におけるアフタヌーン・ティー

 現代においては「飲茶」というと焼売や餃子を思い浮かべる方が多いのが実情でしょうが、そもそも飲茶とは「茶を飲む」こと。大航海時代以降、西洋人が中国を訪れ「茶菓」によるもてなしに触れ、この仏教文化特有の慣習を取り入れるべく東インド会社を通じて大量の茶葉や茶器・茶具を輸入し、西洋の王室が「景徳鎮」を倣って茶碗や急須を造らせようと競って窯を起こさせたことは、よく知られているところです。「マイセン」「ロイヤルコペンハーゲン」「ウェッジウッド」「ヘレンド」といった著名な磁器製造メーカーがヨーロッパ各国の王室の肝入りで続々と誕生し、アヘン戦争を経て、英国によってインド・セイロン(現在のスリランカ)に紅茶の生産のノウハウが移植され、ヨーロッパにおける飲茶のスタイル、所謂「アフタヌーン・ティー」が定着しました。
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葉榮枝先生のこと

《茗圃》の名付け親であり私達の中国茶の師匠である「葉 榮枝(イップ ウィンチ)」先生のことは、多くのメディアや文献で既にご存知のことと思うので、ここでは、思い出に残るいくつかのエピソードを紹介したい。
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茶藝師 中田有紀のこと

私が、茶藝師の「中田 有紀」と出遭ったのは、2001年のこと。師匠の「葉榮枝」先生が来日し岩茶の講演会を開催されときに、私が中国茶に関連する仕事をする際にはご協力をいただけるとのお言葉を頂戴してその御礼のご挨拶に香港を訪れたとき、『楽茶軒』...
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飲茶の歴史

現代では「飲茶」というと焼売や餃子のことを思い浮かべる方が多いと思いますが、「飲茶」の本来の意味は、読んで字のごとく、「茶を飲む」こと。その歴史は三千年とも四千年ともいわれています。  茶は「唐に起こり、宋に栄える」と云われるように、「陸羽...